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chokudaiのブログ

chokudai(高橋直大)のブログです

学校教育で鍛えられる「なんとなく」の力の大切さ

下から7割の人のための理科&算数教育 - Chikirinの日記

これを読んで。自分は算数の人なので、理科をスルーして算数部分だけ。

そもそもの大前提

  • リボ払いを選んだ場合の利子の額
  • 大半の人が選んでしまう住宅ローンの“元利均等払い”の恐ろしさ

この2つを教えるべき、ということを具体例として教わっているのだけれども、まぁ、「すでに学校で教えている」ことだよね、というのは言うまでもないと思う。まさか、「計算過程は教えずに、リボ払いが危険だ」という事実だけ教えろ」なんて言うことではないだろうし、計算方法は習ってる。というのは、すでにみんなが突っ込んでると思う。

学校教育で覚えていること

じゃあ、なんでこんな話をしているのか。学校で習ったことなんてみんな忘れるからだろう。応仁の乱の年号とか覚えてないのと同様、きっとリボ払いの計算は出来ない人は多い。これ、凄く大切で、リボ払いが危険だーってならったとしても、将来的にリボ払いが危険だということを覚えているか解らんのだよね。ってことで、「リボ払いが危険」ということを教えたところで、リボ払いもしくはその類似品で嵌る人ってのはそんな減らないわけですよ。

リボ払いを回避できる人は、どうして回避出来ているのか

まぁ、多分、利子がどれくらいになるか、という計算を出来る人は少ないと思うし、それを実際にした人はもっと少ないわけですよ。けどまぁ、回避してる人、というのはいくらでもいるわけです。そのパターンは、大別して2つに分かれるわけです。

  • 「リボ払いは危険」という知識だけ、他所から伝聞で知った
  • 危険かどうかは計算してないが、なんとなく危険そう

まぁ、多分どっちかだと思うんですね。自分は後者です。

なんで後者みたいな判断が出来るか、っていったら、「指数」ってものを習って、指数ってのはぎゅいーんって増えていくもの、っていうのが分かった上で、「金利」ってワードが解りやすく指数なので、「これやばいんじゃね!?」って反応出来るわけですよ。まぁ指数っていうとちょいずれるけど、直感的にやばそう、ってのがある程度判断出来るよね。

 

目指すべきはここだと思うんですよ。正直大学受験の数学が今解けるか、って言われたら、自分はあんまり解けないです。だけど、そこで身につけた感覚、みたいなのは今でも残っていて、結構大切だよなぁ、と思ってるわけだ。

 

学校教育で直観力をつける

結局、学校教育で身に着けるべきものは、直観力だと思う。

算数、数学だったら、まぁある程度は計算出来たほうが嬉しいし、数字がどれくらいになるか、どう変化するかのイメージが掴めるのが大切なんじゃないのかな。で、数学を専門で勉強する人は、そこが厳密になっていれば良い。

リボ払いだとか、そういう金利計算を、ケーススタディとして学ぶのはもちろん良いんだけど、それじゃ根本解決にならんし、まんべんなく触れて、なんとなくこんな感じなんだな、って風になるように学べば良い。もちろん、大人になって何となく理解しているには、学生時代にある程度計算出来たりしないとダメだと思うけどねw

 

そもそも、「社会」「国語」とかを挙げずに、ちきりんさんが「算数」「理科」だけを列挙してる時点で、「社会」「国語」に対する理解が必要だって解ってるんじゃないかな。

歴史とかだって、別に自分はなんとなくわかれば良いので、例えば応仁の乱が何年くらいあったかとか全然知らないけど、「どういう事をしたら」「どういう風になった」はなんとなく掴んでいるし、そのあたりが、例えば選挙なんかの判断に、なんとなーく絡んでるよね。多分。

国語なんて言語だから解りやすいよね、言語なんて厳密にやらずに何となく把握して何となく出来るようになってる。

何となく、ってすっげー大切なわけです。その何となくを鍛えてるのが学校教育だと思うんです。ってことで、自分は今の学校教育好きだよ。

 

しかしまぁ、単語とかなんとなーくじゃ全く覚えられないので、全く出来ない英語は滅びれば良いと思う。ばーかばーか。